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突然の目覚め(1) チューリッヒ→ベルリン

 ふと目が覚める。見上げると誰か立っている。そして自分の座席を整えている。僕は失われた時間の中で彼を確かめる。途中の駅で乗り込んできた乗客だろうか。仕方なく身体を起こし彼を見る。なにやらぶつぶつ言っている。そして忙しく自分の荷物を棚に上げようとしている。良く見るととんでもなく大きな荷物だ。とてつもなく大きなスーツケースと、あきらかに重そうなボストンバック、そして膨れあがったショルダーバック。どうなっているんだ。
 僕は仕方なく声をかける。

「May I help you?」

 すると彼は荷物を指して一緒に棚に上げてくれないかと言う。しかし持ってみるととにかく重い。棚は遥か上にある。その大きな荷物は何度となく傾きながらようやく棚に落ち着いた。しかし二人ともささやかな達成感を抱いて席に着いた。まるで大きな仕事を終えた後のように。

 これが僕とT氏の出逢いであった。彼はベトナム人で、パリに住んでいるアーティストだった。ヘルシンキで行われる展覧会に向う途中だと言う。何よりも僕達は同じアジア人として顔だちが似ていた。ヨーロッパにいるとアジア人に対して不思議な親近感を持つ。僕は日本人であると同時にアジア人なのだ。しかし、そんな彼はとにかく忙しかった。獲物を狙う動物の様にいつも周囲を見回している。夜も更けてくると前の車両のバーに行こうと誘ってきた。素敵な女性がたくさん待っていると手招きしている。まるで悪戯を思い付いた子どもみたいだった。あいにく僕はお金を両替していなかったのでここに残ると答えた。彼は少し残念そうな顔をしたがすぐバーに行ってしまった。急に一人きりになった僕は、すっかり現実の世界に戻ってしまっていた。仕方なく僕は今度はいつも通りの眠りに戻って行った。

 朝目覚めると彼はすでに起きていた。ベルリンの駅まではもうすぐだ。早速宿の事が心配になってきた。彼に聞いてみると良い宿を知っているから一緒に来ないかと言う。一から宿探しをするのは面倒だったので、その誘いに乗ってみることにした。駅に到着すると、僕らは早速彼の先導で地下鉄へと向った。ドイツの地下鉄は今までのどこの都市より時間に正確だった。驚いたことにプラットホームの電光掲示板に「あと何分」という表示が明確に出ているのだ。イタリア人には絶対思い付かない発想だ。感心しながら電車に乗り込むと彼の様子がおかしい。どうやら逆の方向の電車に乗ってしまったようだ。僕は少し心配になったが、彼のちょっぴりいい加減な確信に賭けてみようという気になり、とりあえず付いていくことにした。

 その後右往左往しながらやっと目的の駅に付いた。が、それからが問題だった。とにかく彼の荷物が多すぎるのだ。僕は極力旅の荷物は押さえてきたので身軽だ。それに比べて彼はとてつもなく重い3つの荷物を持っている。僕は冷静にここからどれくらい歩くのか聞いてみた。すると20分位だと言う。もし良ければ荷物を持とうかと聞いてみた。すると彼はしばらく迷って、それじゃボストンバックの片方の取っ手を持ってくれないかと言った。オーケー。正直なぜ中途半端に片方の取っ手だけなのか不思議だったが、その提案を承諾した。しかしその理由は歩き出してすぐ分かった。信じられない程重いのだ。よくこの荷物を一人でここまで持ってきたものだ。肩が痛くなる。しかしふと、迷って片方だけの取っ手を差し出した彼に好意を感じた。やはり彼はその重さを自覚していたのだ。あの状況ではボストンバックそのまま渡してもおかしくない。彼は紳士なのかもしれない。


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