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突然の目覚め(2) ベルリン

 途中休み休みやっとの思いで宿に辿り着いた。早速交渉が始まる。彼は以前ベルリンでの展覧会の時このホテルに滞在したらしく、執拗にディスカウントをねだっている。ゼスチャーを交えたかなり大袈裟な交渉だった。しばらくしてやっと50DMに落ち着いた。僕は25DM位で考えていたので正直高かったが、これまでの道中のいきさつを考えるともう細かい値段はもうどうでもよかった。それに部屋はシングルだった。いままでいつも数人の相部屋に押し込まれていたので、たまには贅沢をしようと言う気になった。

 そしていざチェックインしてみると、清潔でとても良い部屋だった。きちんとタオルまで置いてある。それも二つも!。いままで安宿ばかりに泊まっていた僕には天国だった。この部屋で50DMは、決して高くないかも知れない。
 すっかり気分良く彼の部屋を訪ねてみると、我に帰って驚いてしまった。僕の部屋の二倍程の広さで、窓からは大通りの景色が見渡せる。僕と同じ値段なのに、、。でも不思議と憎めなかった。あの大袈裟なゼスチャーが彼にこの部屋を与えたのだろう。そう。僕には彼をどうしても憎めないのだ。

 彼は自分の部屋をすっかり作り上げてしまっていた。そこはまるで小さなクラブのようだった。繰り返し音をループさせる機材、ミキサー、ウォークマン、入り乱れるケーブルとコネクター、そしてきちんとあるべきところに置かれた灰皿。何だかお客さまのような気分になってきた。彼は絶えまなく定期的なリズムをループさせる。その背後では低音でチベットのお坊さんのお経が流れている。ミックスされた音はその小さな部屋を静かに駆け巡る。しばらく僕らはその音に包まれる。だんだん安らぎに浸されて行く。音に満ちあふれていく。煙草のけむりが揺らいでいる。部屋がその波に浮かんでいる。漂いながら浮かんでいるんだ。時間がゆっくり転がっていく。ゆっくりそれを眺めている。すべてが回っているのかも知れない。そう気付くと自分は止まっていた。そして目を開けると自分もその中の輪に回っていた。

 ふと時計に気付く。3時間程経っていた。T氏も時計を見ていた。
「Do you want to walk?」

そして僕らは街に出た。すこしお腹が減ってきた。とりあえず彼の先導である一軒のお店に入った。細長い肉の塊が回っている。エプロンをした若者が細長い包丁でそれを削ぎ落とす。そして手際良くみじん切りのタマネギとトマトと混ぜて、白いソースを塗ったパンに挟む。そこでT氏がつかさずケチャップを要求する。
「And you?」
店員にそう聞かれた僕は同じものを注文することにした。
 そしてそれぞれナプキンに包まれた食べ物を手にまた街を歩く。歩きながら食べると、それはとても美味しかった。野菜と削ぎ落とされた肉が程よく混ざり、時折ソースの甘味が訪れる。そしてそれを優しく包み込むやわらかいパン。僕は久しぶりに美味しい食べ物に出会えた。一つ4DM。値段もとても安いと感じた。そういえば、いままでどのヨーロッパの街でもこの食べ物を見かけた。しかしなかなか食べる機会が無かった。
「ドナ ケパブ」
出逢いはいつも突然だ。

「Do you want to drink?」

 夜も更けてきた。ビールが飲みたい時間になってきた。さっそく僕らは地下鉄に乗り込んだ。しかし様子が変だ。選択した路線は正しかったが、方向が逆ではないか?そう彼に伝えると、「It's right」と言って僕をなだめる。そうなのかなと思い、もう一駅待ってみる。しかしやっぱり僕らは明らかに逆に向っている。とうとう彼もそれに気付き、照れくさそうに僕に謝る。今度は僕の先導で地下鉄を歩く。ベルリンの地下鉄はとても分かりやすい。路線を明確に色分けして、方向を常に同じ記号で表示する。あとはそれに沿って進んで行けばいいのだ。そう、行き先がとても明確なのだ。そのままそこに流れていけば良いのだ。

 往き着いた先の街は活気に溢れていた。未来に進むパワーが行き交っている。これが若さというものだろうか。東京の渋谷を思い出した。自然に僕達の足は早くなる。ビートを刻み出す。少し前屈みのスピード。すべてを振払う瞬間。街が振動している。僕達は「CINEMA CAFE」というバーに入る。入り口にはチャップリンの人形が立っていた。店に入るとそこはとても緩やかだった。ゆったりとした優しいエコーに包まれていた。モノクロームの写真が壁一面に咲いている。優しい光に充たされる。やがて一人のギタリストが歌を紡ぎ出す。ゆったりとしたテンポでギターを弾き、嗚咽に似たメロディーが重なっていく。ふとそこにいる誰もが共通であると感じる時がある。みんな同じなんだ。しかしそんな幻影は音楽が流し去っていゆく。僕はビールを見つめる。ふとT氏を見てみると煙草を吸っていた。そしてその煙りを難しそうな顔で見ている。昔を思い出すおじいさんのようだった。僕は言葉を掛けてみる。

「Do you want next?」

そうして僕らはまた夜の街に歩き出した。全てがとても正確に回って行く感覚は、心地良い。

 夜も更けてきて、僕らは宿に戻ることにした。眠るにはまだ少し足りないので、ロビーのソファーでビールを飲んだ。街の喧噪が徐々に引き離されていく。それぞれ番号がついた客室。ソファーの脇に置かれた新聞。それらに静かに見守られている二人のアジア人。ふと彼が話し始める。

「Do you have kids?」

 僕が首を振ると、彼は少し間を置いて話し始めた。彼にはカナダに小学校になる子どもがいると言う。しかしT氏とその母親はすでに離婚していて、ほとんど子どもに会えないらしい。僕はとてもクリアなリアルに軽い衝撃を受けた。そして昨晩列車で僕をバーに手招きする映像が交差する。彼がとても穏やかに感じた。何かが大きくシフトして行く実感を覚える。
 やがてそのロビーはドイツの地方都市からの観光客で賑わってきた。アジア人の二人はその中心で和やかに外交を繰り広げることになる。人々が自然と二人に集まってくる。とても賑やかな夜がそこから始まっていった。僕は、自分の中で何かが大きくシフトして行く音が聴こえた様な気がした。


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